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BC010『世界は贈与でできている』
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今回は『世界は贈与でできている』について。

副題:資本主義の「すきま」を埋める倫理学

著者:近内悠太(ちかうち・ゆうた)

1985年神奈川県生まれ。教育者。哲学研究者。

慶應義塾大学理工学部数理科学科卒業、日本大学大学院文学研究科修士課程修了。専門はウィトゲンシュタイン哲学。

リベラルアーツを主軸にした統合型学習塾「知窓学舎」講師。教養と哲学を教育の現場から立ち上げ、学問分野を越境する「知のマッシュアップ」を実践している。

デビュー著作となる本書『世界は贈与でできている』(NewsPicksパブリッシング刊)で第29回山本七平賞・奨励賞を受賞。

倉下が見た本書のテーマ

資本主義に抗する倫理学

  • 「お金では買えないもの」を語る言葉を求める。

贈与とは何か──現代的な意義の確認

  • 贈与の原理を見出す。

ピックアップキーワード

  • 贈与論 (マルセル・モース)

  • 贈与

    • “お金で買うことができないもの、およびその移動”

    • エマニュエル・レヴィナス/内田樹

  • 贈与の失敗としての『ペイ・フォワード』

  • デリダの誤配(「行方不明の郵便物」)

  • 贈与の象徴としてのサンタクロース

    • レヴィ=ストロース『火あぶりにされたサンタクロース』

  • ウィトゲンシュタインの言語ゲーム

  • 小松左京のSF

  • 想像力

    • 逸脱的思考と求心的思考

  • アンサング・ヒーロー

概要

人間は社会的な動物として(他者の存在を前提として)進化してきた。しかし、資本主義=交換の理論は他者の存在を必要としない。その理論は、自分もまた他者から必要とされないことを意味する。

一方で、贈り物はそのような交換の理論には当てはまらない。経済学はこの贈与を語るための言葉を持たない。では、その言葉とは何なのか。「お金では買えないもの」という否定の表現ではない言葉を本書は探究する。

贈与は、非時間的な交換とは違い、時間的な要素を生み出す。それはつながりを生み出すということ。しかし、贈与であるかのように見える親から子への呪いもある。その呪い性は「これは贈与である」と告げられることで発生してしまう。つまり、贈与とは贈与としての名乗りを持たないものでなければならない。

贈与だとラベル付けされない贈与は、受け取った者が、その「意味」に後から気がつくことで成立する。そして、「意味」を扱う行為は、言語であり、コミュニケーションである。

哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは、言語活動をゲームとして捉えた。言語の「意味」を、特定のゲームにおける機能として理解せよ、という主張である。そうしたゲームを念頭に置かず、ただ「意味」だけを議論しても詮無いことである、と。

私たちは言葉を扱うとき、何かしらのゲームに参加している。私たちの日常は、何かしらのゲームの内側で行われている。「意味」はそのゲーム内で規定される。

ここで、贈与という行為の「意味」に後からが気がつく、という話に返ってみる。

贈与は、名乗りを持たずに行われる。よって、私たちは通常であればその行為に気がつかない。しかし、自分が参加しているゲームにおいて、どうしても説明のつかない行為が目に入ったとしたら? そのような異物を本書ではアノマリーと呼び、その性質こそが「あれは贈与だった」と気がつける起点になると述べる。

資本主義=交換の理論が支配的な中で暮らしている私たちにとって、明らかに異質に見える行為はそれだけで「目を引く」。そこから想像力が働けば、「あの行為は贈与だったのだ」と気がつくことができる。名乗りを持たないものの価値を、見出すことができる。

価値とは見出されるものである

そのとき、私たちは「すでに受け取ってしまったもの」となり、負債を背負って生きていくことになる。その負債感は、資本主義=交換の理論ではどうしても説明のつかない行為を引き起こし、それがまだ別の誰かにとっての贈与となり、世界は贈与で埋め尽くされてく。

本書のポイントは、贈与とは「贈与として贈られたもの」を指すのではなく、後から振り返ったときに「あれは贈与だったのだ」と思えるものが贈与になる、という物の見方のシフトである。そのシフトを経験すれば、この世界そのものが、「あれは贈与だったのだ」と思えるもので満ちてくる。本書のタイトルが示すものは、おそらくそういういことだろう。

これはただ受動的に生きているだけでは、贈与は見つからないことも意味する。贈与を見つけるための、違和感に気がつくための、そこから行為について想像するための、ある知的な能力が必要である。

もし何かを教養と呼ぶならば、そうした能力こそがふさわしいと言えるだろう。

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