倉下メモ
人は生まれたときかなり未熟で、そこからいろいろな物事を学んでいきます。体の動かし方一つとってもそうですし、コミュニケーションのための言語もそうです。
私たちは、生まれたときは「No 言語」の状態から始まり、その後一つの言語をマスター(そう言ってよいでしょう)します。いわゆる母国語です。その意味で、私たちは一つの言語をマスターした経験があるものの、それ以外の言語についてはあまり成果が上がっていません。
これは一つには「必要がないから」でしょう。幼児のときの母国語のマスターはそれこそ死活問題ですが、日本語だけで経済活動が成立する生活の中にあって、そこまで必死に母国語外の言葉を覚える必要性はありません。だから、よほどの工夫をしない限り、なかなか覚えられないのはごく自然な帰結とい…
Listen to this episode with a 7-day free trial
Subscribe to ブックカタリスト to listen to this post and get 7 days of free access to the full post archives.