今回のテーマは「忘却と知的生産」。以下の二冊の本を題材に、知的生産において「忘れる」ことがいかに大切なのかを考えてみます。
Scrapboxのページは以下。
書誌情報
『まちがえる脳 (岩波新書 新赤版 1972)』
著者
櫻井芳雄
出版社
岩波書店
出版日
2023/4/24
内容紹介
人はまちがえる。それは、どんなにがんばっても、脳がまちがいを生み出すような情報処理を行っているから。しかし脳がまちがえるからこそ、わたしたちは新たなアイデアを創造し、高次機能を実現し、損傷から回復する。そのような脳の実態と特性を、最新の研究成果をふまえて解説。心とは何か、人間とは何かに迫る。
目次
はじめに
序章 人は必ずまちがえる
第1章 サイコロを振って伝えている?──いい加減な信号伝達
第2章 まちがえるから役に立つ──創造、高次機能、機能回復
第3章 単なる精密機械ではない──変革をもたらす新事実
第4章 迷信を超えて──脳の実態に迫るために
おわりに
『忘却の整理学 (ちくま文庫 と-1-10)』
著者
外山滋比古
出版社
筑摩書房
出版日
2023/3/13
内容紹介
驚愕の270万部突破、時代を超える〈知のバイブル〉『思考の整理学』の続編、待望の文庫化!
「忘れる」ことはイケないこと、それはとんでもない勘違いだった……〈忘却〉はあなたにとって最大の武器だ!
目次
Ⅰ
忘却とは
選択的記憶と選択的忘却
忘却は内助の功
記憶の変化・変貌
入れたら出す
知的メタボリック症候群
思考力のリハビリ
記憶と忘却で編集される過去
ハイブリッド思考
Ⅱ
空腹時の頭はフル回転
思考に最適 三上・三中
感情のガス抜き
風を入れる
カタルシスは忘却
スクリーニングが個性を作る
継続の危険性
解釈の味方
Ⅲ
よく遊びよく学べ
一夜漬けの功罪
メモはしないほうが良い
思い出はみな美しい
ひとつでは多すぎる
〝絶対語感〞と三つ子の魂
無敵は大敵
頭の働きを良くする
脳とコンピュータ
全体を通して言いたいことはたった一つです。脳とコンピュータは違った器官/機械である。ただこれだけ。
違った器官なのですから、比較しても仕方がないでしょう。ラグビーと日本舞踊のどちらが優れているかを比較しても意味がありません。にもかかわらず、あたかも脳とコンピュータが同じようなものであると捉えられ、その上コンピュータの能力を起点として、脳の性能が劣っているかのように語られるのは物事の価値基準が大きく歪んでいると言わざるを得ません(これは最近環読プロジェクトで読み進めている『人を賢くする道具』と問題意識が共通しています)。
たしかに脳は、コンピュータに比べれば「忘れっぽい」と言えるでしょう。それは脳が無意識で情報処理を行ってくれているから起きることであり、そうした情報処理があるからこそ私たちは高次の処理に向かえるのです。
知的生産においては「忘れるためにメモする」という観点があって、これも間違いなく重要なのですが、ここで考えているのはもっと積極的な忘却の肯定です。情報を事細かく正確に覚えることを是とするような価値観からの反転とも言えるかもしれません。
たとえば正確な記憶が重要であれば、このブックカタリストは読み終えた直後の本を紹介するのがベストでしょう。しかし、私はそういうやり方にはなっていません(たぶんごりゅごさんも同じでしょう)。結構時間が経ってから、それこそ細かい部分を結構忘れてしまってから本を紹介する準備を始めるようなところがあります。その方がうまくいく感じがあるのです。
このことが感覚的に肯定できるならば、それは「正確な記憶が一番重要なものである」という価値観ではないものを持っていると言えるでしょう。
「正確な記憶が一番重要なものである」という価値観だと、ともかく情報を集めることに注力してしまうはずです。しかし、それは精神的な健康面でもよくないことでしょうし、その人なりの考えを持った表現(エクスプレッション)をする上でも弊害があると考えます。
当たり前ですが、正確な記録が重要ではない、という話をしたいわけではありません。そういうものはすべてコンピュータに任せればいいのです。そうなったとき、じゃあこの私の脳はいったい何をするのか。それを考える上で、「忘却」というのは一つの鍵を握っているのだと思います。
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